B:老猾なる野獣 ラ・ヴェリユ
「ラ・ヴェリュ」は、孤高のウルヴァリンだ。レイクランドの住人を襲っては、家畜を食い荒らし、退治に来た傭兵まで食い殺してしまう。それは、ヤツが凶暴なだけじゃなく、頭も切れるからなんだ。劣勢と判断すると、湖へと逃げ込んで姿を隠してしまう。うちのクラン員も何人かやられていてね。その中のひとりに、婚約したばかりの女性がいたんだ。彼女の恋人は復讐を誓っているようだが、さてどうなることか……。
~ナッツ・クランの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
「ぐあああああああああ!」
湖畔の森の中から男性の悲鳴が聞こえた。連れだって歩いていたあたし達は一斉に声の方を見る。
「たっ、助けてくれえええ!!」
再び男性の絶叫が聞こえた。
「あっ!ちょっと…」
あたし達と一緒にいた男性が呼び止める間もなく森に飛び込んでいく。
「全くもぅ…」
あたしは彼に向けて伸ばした手を所在なさげに下した。
「ほら、追うよ」
そう言うと彼が走り去った方に相方は走り出す。あたしも渋々それに従った。
彼はクリスタリウムに住み、将来は好きな人と結婚して、子供を作り、幸せな家庭を作る事を夢見て育った、この世界では一般的で普通の町男だ。幼い頃から2軒隣に住む3歳年上の女の子に好意を寄せていた。彼女は男勝りな性格で、近所で悪名高いガキ大将の一派に一人で反発し、いじめられっ子を守ったり、ガキ大将一派のイタズラから町民を守ったりと正義感の強い人だった。彼女は18歳になると、ナッツ・クランに入団した。ナッツ・クランとは地域を困らせるモンスターや危険なリスキーモブを狩る賞金稼ぎの組合のようなものだ。自分たちで狩れるものは狩るが、手に余るような魔物の場合はその魔物に賞金を懸け、腕自慢の戦士や冒険者に情報を提供して倒してもらう。そのための調査や紹介に係る業務を行っている団体だ。正義感の強い彼女にとって人々を困らせる魔物を退治したり、人を助けたりするこの仕事はやりがいが感じられるものだったに違いない。彼女が入団して一年が経った頃、彼は勇気を振り絞って彼女に告白した。彼女は嬉しそうな顔をしながら、でも困った顔をして言った。
「私もあなたが好きよ。だけど、私はいつ死んでしまうか分からない仕事をしている。あなたを悲しませたくはない。だからあなたと付き合うことはできない」
だが、彼は諦めなかった。何度も何度も彼女にアタックし、さすがの彼女も折れた。彼は幼い頃からの気持ちを遂げ、晴れて彼女の恋人になった。そして付き合い始めて3年が経ち、彼は彼女と婚約をした。
彼女は結婚資金を稼ぐんだと言って一層張り切って仕事をするようになった。彼はそんな彼女が危なっかしくて心配でたまらなかった。その心配は最悪の形で実現してしまう。
ナッツ・クランはラ・ヴェリュという魔物を追いかけていた。こいつはウルヴァリンという熊と狼を足したような魔物の亜種でレイクランドの住人を襲っては、家畜を食い荒らし、ナッツ・クランの紹介で退治に来た傭兵まで食い殺してしまう凶暴な奴で、しかも獲物や敵を煙に巻いたり、奇襲をしたりと頭も切れるやつだった。ナッツ・クランも団員を何名か失い、もはや手には負えず、リスキーモブに指定して賞金首にする予定で動いていた。そんな最中、ラ・ヴェリュの生態調査に出ていたナッツ・クランのチームが奴に襲われ全滅した。その中に彼女もいた。食い散らかされ、見るも無残になった彼女の遺体を抱きしめて彼は泣き崩れた。痛々しい彼の姿に皆同情を禁じえなかった。そして彼は彼女の遺体を抱きしめたまま言った。必ず復讐してやると。今朝出発前にナッツ・クランのメンバーは言った。「彼から目を離さないでくれ」と。かれは復讐を誓ってから半年、誰もが驚くほど鍛錬を積み実力を付けた。だが、奴を前にして彼は身を捨ててでも奴を倒そうとするだろう。彼が生きて帰れるよう、目を離さないでやってくれ、というのだ。あたしと相方は先行する彼を見失わないよう懸命に追いかけた。
低い樹木やその葉が密集する藪を抜けるとそこに彼は仁王立ちに立っていた。あたしと相方はそのすぐ後ろで立ち止まった。彼の視線を追って前を見ると、はたして奴はそこに居た。
灰色の堅そうな毛に覆われた背中を丸め、下を向いている。だが、耳をこちらに向けていることからも、こちらの存在には気付いている。
奴は口に仕留めたばかりの血だらけの農夫を咥えたままゆっくり振り返った。農夫は身体が欠損して大量に出血している。恐らくもう息はない。
奴はあたし達を見ながらゆっくり後ろ足で立ち上がる。捕えた獲物を咥えたままでも見える程、耳元まで裂けた赤い口は、まるで新たな獲物の出現に喜びを隠せずニヤついているかのように口角が上がっていて、背筋が寒くなった。